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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)543号 判決

原告

徳山武夫こと金泰鉉

右訴訟代理人弁護士

坂恵昌弘

右同

小川邦保

右同

蔵重信博

被告

土藤生コンクリート株式会社

右代表者代表取締役

伊藤徹男

右訴訟代理人弁護士

村山眞

主文

1  原、被告間において原告が被告との間の雇傭契約上の従業員たる地位にあることを確認する。

2  被告は、原告に対し、昭和五七年六月二五日以降本判決確定の日まで毎月二五日限り月額金三一万八四七四円の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、昭和五七年以降本判決確定の日まで毎年七月一〇日および一二月一〇日限り各金五九万円を支払え。

4  原告の本件請求の趣旨2、3項の賃金支払いを求める訴えのうち、本判決確定後の賃金の支払を求める部分を却下する。

5  訴訟費用は被告の負担とする。

6  この判決は、2、3項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文1項と同旨

2  被告は、原告に対し、昭和五七年六月二五日以降毎月二五日限り月額金三一万八四七四円の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告に対し、昭和五七年以降毎年七月一〇日および一二月一〇日限り各金五九万円を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする。

5  2・3項について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因と主張

1  当事者

(一) 被告は、生コンクリートの製造、販売を営む株式会社である。

(二) 原告は、昭和五六年九月、被告に生コンクリートミキサー車乗務員として雇用された。

なお、被告の従業員は、その当時、乗務員二〇名、その他一三名の計三三名であったところ、右乗務員のうち八名が全日本運輸一般労働組合(以下「運輸一般」という)に加盟し、運輸一般関西地区生コン支部土藤生コン分会(以下「土藤生コン分会」という)を組織し、原告は昭和五六年同分会副会長を務めていた。

2  解雇の意思表示

被告は、昭和五七年四月一日被告と運輸一般関西地区生コン支部(以下「生コン支部」という)および土藤生コン分会との間で乗務員に限定してユニオンショップ協定(以下「本件ユ・シ協定」という)を締結しているところ、同年五月二四日生コン支部が原告を除籍処分に付したため、本件ユ・シ協定の適用を受けるとして、同協定に基づき、原告に対し同月二六日付で解雇する旨書面による意思表示(以下「本件解雇」という)をなし、同意思表示は同日原告に到達し、以後、原・被告間の雇用関係を現に否定し、原告の就労を拒絶しつづけている。

3  しかし、次のとおり、本件解雇は解雇権濫用として無効であるから、原告はいぜん雇傭契約上の従業員たる地位にある。

(一) 原告に対し本件ユ・シ協定は効力が及ばない。

(1) 原告は、昭和五七年三月二五日運輸一般からの脱退届を土藤生コン分会を経て、生コン支部へ提出(以下「本件脱退」という)し、同支部より、受理され、ついで同年五月一一日、全日本労働総同盟全国化学一般労働組合同盟(以下「全化同盟」という)に加入(以下「全化同盟加入」という)し、その旨を、生コン支部に対しては、原告から同月二〇日付文書をもって、また、被告に対しては、全化同盟から同月二一日付文書をもって各通告した。

(2) 本件全化同盟加入により、原告に対しては、本件ユ・シ協定の効力は及ばない。

けだしユ・シ協定が認められている趣旨は労働者の団結権をより強く保障するためではあるが、なにもこれは使用者が組合間の勢力関係につき現状固定化に助力したり別個の組合活動に事実上圧力を加えることを是認するものではないし、労働者が自主性のある別の労働組合に加入して憲法によって保障された団結権、団体交渉権を行使し、その組合の力で労働条件の改善をはかろうとすることを妨げるものではない。

(二)(除籍処分の無効)

(1) 本件除籍処分は、原告の本件脱退後になされたものであるから、対象を欠き無効というほかない。

(2) 仮に、原告において除籍処分事由として被告主張に似た何らかの行動があったとしても、本件のごとく除籍処分がユ・シ協定によって解雇と連動している時には、労働者としての全生活を奪うことになるので除籍処分は処分権の濫用で到底許されるべきではない。

(三)(解雇予告手当の不提供)

被告は、本件解雇をした際、原告に対して解雇予告手当を提供していないから、本件解雇は労働基準法二〇条に違反し、無効である。

(四)(不当労働行為)

本件ユ・シ協定は、昭和五七年三月ころに原告を含む運輸一般組合員六名が組合を脱退しようとし、同月二〇日には、当時の分会長であった朝倉俊助が退職したのに続いて、同月二五日に原告が脱退届を提出したことからあわてて締結されたものであり、しかも、本件解雇は、原告が全化同盟に加入し、運輸一般とならんで組合活動を行おうとした際になされたものである。かかることから本件解雇が原告の全化同盟における労働組合活動を毛嫌いし、これを排除するために行われた不当労働行為であることは明らかであって無効である。

4  賃金

(一) 原告は、被告から解雇前三か月(昭和五七年三月ないし五月)は、賃金規定に基づき、別紙賃金表(略)記載のとおりの額の賃金の支払を受けており、その一か月平均の賃金額は、三一万八四七四円である。なお、賃金の支給日は毎月二五日の約定である。

(二) 原告は、被告から、大阪兵庫生コンクリート工業組合と大阪兵庫生コン関連事業者団体との昭和五七年四月一六日付協定によって昭和五七年以降毎年七月一〇日および一二月一〇日に賞与として各五九万円の支払を得べき権利を有する。

5  結論

よって、原告は、被告に対し、原告が原、被告間の雇傭契約上の従業員の地位にあることの確認、並びに、昭和五七年六月二五日以降毎月二五日限り三一万八四七四円の割合による賃金および昭和五七年以降毎年七月一〇日と一二月一〇日限り各五九万円の賞与の各支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、同2の各事実はすべて認める。

2  右同3(一)(1)の事実のうち原告が主張の日に本件脱退届の提出をなしたこと、全化同盟から被告に対し主張の日付文書で加入通知をなしたことは認めるが、右脱退届が受理されたことは否認し、その余は不知。同3(一)(2)の主張は争う。

3  右同3(二)(1)の主張は争う。

4  右同(2)は否認する。

5  右同3(三)の事実主張は認めるがその余の主張は争う。

6  右同3(四)の事実は否認する。

7  右同4(一)の事実は認める。右同(二)の事実のうち、大阪兵庫生コンクリート工業組合と大阪兵庫生コン関連事業者団体との昭和五七年四月一六日協定による賞与支払期と額が昭和五七年以降毎年七月一〇日および一二月一〇日に各金五九万円であることは認め、その余の主張は争う。

8  右同5は争う。

三  被告の主張(抗弁等)

1  生コン支部は、昭和五七年五月二四日、原告が分派活動や運輸一般に対する中傷誹謗を行ったことに基づき同人を本件除籍処分に付したもので有効な処分である。したがって右処分に基づき本件ユ・シ協定によりなした原告の本件解雇も正当理由に基づく。

2  原告の本件脱退及び全化同盟加入が認められるとしても次の事情によりなされたもので、両者とも権利の濫用として無効である。すなわち生コン支部と被告は、昭和五六年秋以来、長い期間にわたって、ユ・シ協定締結のために努力を重ねてきたが、原告は執拗にその成立を妨害し、同協定の成立を妨害する手段として同支部からの脱退、全化同盟加入という手段に訴えたものである。したがって本件の場合同協定の効力が原告に及ぶと解すべきである。

3(請求原因3(二)(1)について)

土藤生コン分会は、原告提出の脱会届を一か月間保留して、同人の脱退を思い止まるよう説得したが、同人がこれに応じなかったので、やむなく脱退届を生コン支部に通知したところ、同支部は審議の結果、右届を受理する前の昭和五七年五月二四日、原告を本件除籍処分に付したものであって本件除籍処分は、原告が同支部組合員たる身分を有している間になされたもので有効である。

4(右同(2)について)

本件除籍事由は十分除籍に値するのみならず、同支部は、原告を除籍処分するに際し、同人に対し、昭和五七年五月六日付文書で、同人の処分問題について審議のため出頭するよう通知し、さらに同月一七日付文書で、同月二二日までに弁解申請をするように催告しており、慎重な手続と審議のうえ、本件除籍処分を行ったもので、処分権の濫用にはあたらない。

5(右同3(三)について)

本件解雇は、労働基準法二〇条一項但書の、原告の責に帰すべき事由に基づく場合に該当し、そうでなくても、法定の最短期間である三〇日経過後において効力を生ずる。

四  被告の抗弁に対する原告の認否

1  前項1、のうち本件除籍処分がなされたことは認めるが、その余は争う。

2  前項2及び5はすべて争う。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因事実1、2の各事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、本件解雇の効力について検討する。

1  (証拠略)によると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。すなわち、

原告は、昭和五七年三月二五日、土藤生コン分会の永田書記長に対し、運輸一般からの脱退届を手渡して提出し(永田書記長に手渡して提出した点を除き当事者間に争いがない。)、右の原告の脱退の意思表示は、翌二六日、同分会分会長で生コン支部委員を兼任する松田健治に伝えられた。右松田は、前記脱退届をただちに生コン支部に提出せず、分会員らに原告が脱退することを翻意するよう説得させたが、原告に容れられなかったので、約一か月後の同年四月下旬ころ、生コン支部執行委員に対し、原告の脱退届を提出した。生コン支部は、原告に対し、査問委員会への出頭を要請したが、原告は、これを拒絶し、査問期間中である、同年五月一一日、全化同盟に加入し、このことを、生コン支部に対して、原告から同月二〇日付文書をもって通知した。

なお、被告に対して、全化同盟から同月二一日付文書をもって通告したことは当事者間に争いがない。

2  ところで、労働組合からの脱退は、本来自由であるべきものであるが、脱退の意思表示も、民法の一般原則によって、意思表示を受領する権限を有するものに対して到達しなければその効力を発生しない。

これを本件についてみると、生コン支部は、原告からの脱退届をうけて、同人に対し、査問委員会への出頭を要請したのであるから、右の査問委員会出頭の要請をしたころには、生コン支部に、原告の脱退の意思表示が到達していたことは明らかである。そして、原告は、右の出頭要請を拒絶後全化同盟に加入しているから、遅くとも原告の全化同盟加盟日である昭和五七年五月一一日以前に、脱退の意思表示は効力を生じたといわなければならない。

3  もっとも、被告は、原告が、生コン支部から脱退し、全化同盟に加入したのは、本件ユ・シ協定の成立を妨害する手段であるから、本件脱退、全化同盟加入は、いずれも権利の濫用として無効である旨主張するが、右主張事実及び他の権利濫用も基礎づける事実は全証拠によるも認めるに足りない。

よって請求原因3(一)(1)は理由があり、被告の反論及び主張2は理由がない。

4(一)  つぎに、原告は、本件解雇処分前に別個の自主性を具備した労働組合である全化同盟に加入したから、かかる者に対してはユ・シ協定の効力は及ばないと主張するのでこの点検討する。

(二)  ところで、ユ・シ協定は、労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失った場合に、使用者として当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化をはかろうとする制度であり、このような制度としての正当な機能を果たすものと認められるかぎりにおいて、憲法二八条が労働組合の団結権を保障している趣旨に副うものとしてその効力を承認することができるものであるところ、一方、同条は、団結権の保護に値する自主性を有する労働組合に対しては、組合員数の多数、少数を問わず平等に団結権を保障し、ある組合の団結権に他の組合の団結権に優越する地位を認めることを許していないのみならず、個々の労働者の労働組合を選択する自由をも保障していると解されるから、ユ・シ協定締結組合の組合員が脱退し、あるいは除名された後同条で保障する団結権の保護に値する自主性のある組合に加入した場合には、たとえユ・シ協定締結組合が従業員の過半数を占める多数組合であったとしても、右ユ・シ協定は、特段の事情がない限り右脱退者や被除名者に対してはその効力を及ぼさないと解すべきである。

(三)  もっとも、このように解すると、ユ・シ協定の効力を弱めることになることは否定し難いところであるが、反対に、自主性のある組合に加入した脱退者や被除名者にまで同協定の効力が及ぶとすると、協定締結組合の団結に優越的地位を認める結果となり、他組合の団結権が侵害されるのみならず、結果的に労働者に協定締結組合への加入を強制することとなって、労働者の組合選択の自由ひいては脱退者や被除名者が他組合に加入して現実に行使している団結権をも結果として侵害することを容認することになるのであって、憲法二八条の法意に照らしてもこのような解釈は到底採用できないのである。結局、ユ・シ協定を締結した組合の団結権が侵害され、ユ・シ協定自体の効力を減殺することがあるとしても、それは憲法二八条がいずれの組合にも平等に団結権を保障し、労働者個々人に組合選択の自由を保障したためであってやむをえないものというべきである。

5  そうすると、本件において、原告は、本件解雇前の昭和五七年五月一一日に全化同盟に加入したこと前記のとおりであるから、本件ユ・シ協定の効力は原告に及ばないものというべきである。

よって、請求原因3(一)(2)の主張は理由がある。

したがって、本件ユ・シ協定に基づいてなされた本件解雇は、その余の点について判断するまでもなく他に特段の主張立証もないので解雇事由を欠くこととなり、解雇権濫用として無効といわなければならない。

三  以上のとおり、本件解雇は無効であるから、原告は本件解雇がなされた昭和五七年五月二六日以降も被告の従業員として雇傭契約上の権利を有するというべく、被告が同日以降原告の就労を拒否しつづけていることは当事者間に争いがないところ、右拒否による原告の雇傭契約上の労務提供債務は債権者である被告の責に帰すべき事由による履行不能というべきであるから原告は民法五三六条二項により不就労に拘らず賃金請求権を失わない。

そして、原告が、被告から解雇前三か月(昭和五七年三月ないし五月)に得ていた賃金は別紙賃金表記載のとおりであること、その一か月平均の賃金額は、三一万八四七四円であることは当事者間に争いなく、右の事実によれば、本件解雇がなかったとした場合原告に支払われるべき毎月の賃金額は、三一万八四七四円と認めるのが相当である。そして、毎月の賃金の支給日約定が毎月二五日であること及び、本件解雇がなかったとした場合、原告が被告からうべかりし、大阪兵庫生コンクリート工業組合と大阪兵庫生コン関連事業者団体との昭和五七年四月一六日付協定による賞与の支払期と額が昭和五七年以降毎年七月一〇日および一二月一〇日に各五九万円であることは当事者間に争いがない。

ところで、本件口頭弁論終結時である昭和五八年一一月一四日以後の未だ弁済期の到来していない月額給与および賞与については、前認定の本件紛争の経過及び被告の支払拒絶の態様に照らせば、予め請求する必要は、右のうち本判決確定の日までの分についてその必要性を認めることができるが、同確定の日以後については未だ全証拠によるも右予めその請求をする必要があるとは認められない。

四  結論

以上の次第であって、原告の本訴請求は、原告が被告に対して原告が、原、被告間の雇傭契約上の従業員たる地位にあることの確認を求め、かつ、被告に対し、昭和五七年六月二五日以降本判決確定の日まで毎月二五日限り三一万八四七四円の割合による金員並びに昭和五七年以降本判決確定の日まで毎年七月一〇日および一二月一〇日限り各五九万円の支払を求める限度で理由があるから同限度でこれを認容し、本訴のうち被告に対して本判決確定の日の翌日からの毎月の賃金及び年二回の賞与の支払を求める部分は将来の給付の訴の必要を欠くからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条但書を、仮執行宣言につき同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉本昭一 裁判官 千川原則雄 裁判官 小久保孝雄)

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